何のつもりです。


 透明な壁を挟んで向かい合った男は、王泥喜の顔を見て大きく顔を顰めた。
書いてて苦笑してしまいました。あり得ない(笑



「Hi.キリヒト」 
 寝入ったばかりの時間に、しつこいほどにインターフォンを鳴らされ、苦情を告げてやろうと向かった玄関。
 佇む青年の姿に、霧人は度肝を抜かれた。
 思わず眼鏡を直し、目を細めながら凝視する。今時の若者が着るような、ダブダブとした服を身につけ、先程まで掛けていたサングラスは胸ポケットに仕舞った。
 明るい髪色と瞳の色は霧人と瓜二つ。顔の印象も同じだったが、如何せん歳が違いすぎる。彼の顔には幼さが目立った。

「響也、どうして貴方が此処に」
「もうちょっと早く着いてたんだけど、迷子になちゃって。でもやっぱり、日本は遠いや。」
 ふわぁと欠伸を噛み殺して、きまりが悪そうに笑う。まだまだ子供の仕草を抜けきらない。確か先月、17歳の誕生プレゼントを贈った事を思いだした。

 転勤により渡米した両親は、新婚気分に戻ったらしい。その上、新婚らしい行動を忘れなかったようで、霧人は、恐ろしい程歳の離れた弟を持つ事になったのだ。
 それでも、この間逢った時は幼い子供だったような気がしたのに、いつの間にかこんなに大きくなったのでしょうと感嘆する。
 
「…にしても、響也。観光にくるなら来ると、前もって連絡してください。」

 玄関で立ち話を続けるのも憚られ、響也をリビングに通す。溜息と共に吐き出した言葉に、響也は目を見開いた。
「え?違うよ。僕、こっちの学校に通う事になったんだ。」
「なんですって?」
「だから、霧人と一緒に住もうと思って。マムから手紙来てない?」
 響也の台詞に、このところ忙しく、プライベートのメールはおざなりにしていた事を思いだした。調べてみれば、確かに母親からの手紙が混じっている。
 
 弟が司法試験に受かった事。それを機会に独立すると言い出したので母国である日本に行かせる事にしたので、頼むといった内容が綴られている。
 
「ひとりでアパートでも借りるっていったら、絶対駄目だって言われたんだ。家出覚悟で荷物を纏めたら、じゃあ、霧人の学校へ行けって。」 
 
「マムとダディも、霧人と一緒ならいいって。」
 
 …それは独立とは言わないのではありませんか?…響也の話を聞き終わった、最初の感想はそれだった。
 軽く首を振る仕草に、響也の顔が曇る。
「駄目? 霧人」
 不安そうな目で見つめて来る様子は、幼かった頃と変わらない。渡米する度に、帰るなと泣いた表情と重なった。
 額を抑えて、溜息をつく。
「仕方、ありませんね。此処で貴方を放り出す訳にはいきませんから」
「ありがと! 霧人ならそう言ってくれると思ってたんだ!」
 ぱあと、雲が晴れたかのように笑顔になる弟は、まるで子供だ。腕組みをして溜息をついていると、何かを思い立ったようで部屋を物色しはじめる。

「どうしたんです? 響也」
 
 覗けば、霧人が眠っていたベッドに潜り込んでいた。
「何のつもりです。」
「だって、眠いんだもん。霧人も一緒に寝よ?」
 そうして、まるで自分のベッドのように、ぱんぱんと隣を腕て叩いた。
「男ふたりでは、このベッドは狭いですよ。」
「くっついで寝ればいいんだよ。ほら、こんな風に」
 霧人の腕を両手で抱き込んで、掛け布団の中に引き吊り込む。憮然とした兄の顔も気にせずに、たわいもない話をしていた響也は、しかし、すぐに寝息をたてはじめた。
 
 無防備な信頼というものに、自分が随分と馴れていないのだと霧人は自覚する。その感情は、酷く、くすぐったいものだと思う。
 
「可愛い、可愛い弟ですからね。」

 隣で眠り込んでいる響也の髪を撫でつけながら、霧人は苦笑した。



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